研究成果の詳細

見た目の多様さが繁栄のカギ

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図1|アオモンイトトンボの雌の色彩2型.雄はすべての個体が緑色で、雌には青と茶色のタイプが存在する。

野外の生き物には、集団内に多様性や個性、個体差が数多く存在しています。このような多様さの機能や意義については、古くから議論がなされてきましたが、明確な答えは得られていませんでした。日本で最もふつうに見られるイトトンボの一種であるアオモンイトトンボ(学名:Ischnura senegalensis)には、雌の色彩に一見して明らかな多様性(個体差)が存在し、雌らしい色をした「メス型の雌」と雄に似た色彩をもつ「オス型の雌」が集団内に共存しています(図1)。

 

 

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図2|雄の「好み」と本研究の仮説

このような雌の多様さは、執拗に交尾を試みる雄からのセクシャルハラスメントを回避するための雌の戦略として進化し、少数派を有利にする負の頻度依存選択により維持されていると考えられてきました。具体的には、多数派の色彩タイプの雌が多くの雄からモテやすいので、多数派の雌はセクシャルハラスメントを受けやすくなり、生存や繁殖上の不利益(産卵数や採餌量の低下)を被ります。このような選択が働くと、あるタイプが増えすぎるとそのタイプは損をするので、割合を減らしていきます。ただし、少数派になるほどまで減ってしまえば、また勢力を拡大し、割合を高めていきます(少数派が排除されたり絶滅したりすることがなくなる)。結果として、このような選択のもとでは、複数のタイプが共存し続け、高い多様性が保たれるのです。

本種では、 雄は雌の色彩を記憶し、それを手がかりに雌を探すことが知られています。。ただし、複数の色を記憶することができないため、それぞれの雄は自身の経験(特に交尾経験)に基づいて、特定の色彩の個体を異性として認識するようになります。したがって、全ての雌が同じ色をしていれば、全ての雌が雌であると認識されますが、雌に複数の色の個体が混ざっていれば、雄の「好み」も個体間でバラけることになります。そのため、色彩の多様度が高い状態ほど、雌と認識されにくい雌(モテない雌)が増えるので、集団全体でのセクシャルハラスメントのリスクを軽減でき、結果として集団が繁栄する(増殖率や密度、安定性が高くなる)と考えられました。(図2)。

そこで本研究では、アオモンイトトンボの雌における種内の色彩の多様性が集団の繁栄の程度(増殖率や密度、安定性、絶滅リスクなど)に与える影響を調べることにしました。野外実験と数理モデルの両側面から検証しました。その結果、雌の中に複数の色彩型がバランスよく混在する(多様度が高い)ほど、雄が効率的に雌を探索できず、雌一個体あたりのセクシャルハラスメントのリスクが低下することを見出しました(図3)。また、ハラスメントの軽減が集団の増殖率や安定性を高め、最終的には集団の絶滅リスクを減少させることが示されました。人為的に雌の多様度を操作する実験を行なったところ、多様度を高めた集団ほど増殖力が高まることが裏付けられました。今回の成果は、「集団内の多様性」が集団の繁栄に貢献していることを証明するとともに、生物の形態や色彩の進化がその生物の繁栄や絶滅に直接的に影響することを示すものであります。集団内に個性の多様性を許容・保有しつづけることには、直面する様々なリスクを分散し、集団の頑健性を高める機能が存在するのかもしれません。「多様さが生物を繁栄させる」という視点は、今後、現在の生物多様性の成立過程の理解、さらには外来種対策や生物の保全対策に生かされると期待されています。

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図3|野外実験と理論的裏付け.野外調査で得られたデータから、雌の色彩の多様度の高い集団(二つの色彩型の雌がバランスよく存在するとき)ほど、雌一個体あたりのハラスメントのリスクが減少し、集団の増殖率や密度、安定性(グラフ省略)が増加することが示されました。このことは、数理モデルを用いた分析から裏付けられました。
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図4|多様度を人工的に操作した実験. 野外のケージ内に、オス型とメス型を様々な割合で導入した場合、多様度が最も高くなる状況(5:5)で雌の繁殖力や生存率が最大になりました。

 

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