マクロな生命現象を横断的に理解する
エボロジー?

生物のさまざまな適応現象は驚くほど見事なものです。それゆえ、ダーウィンが進化論を提唱して以降、生物の適応進化というプロセスは、生態学者や進化生物学者をつねに魅了してきました。疑う余地もなく、進化の原動力やプロセス、遺伝的基盤を明らかにすることは、生物進化の実態を解き明かすという点で生物学の発展に大きく貢献してきたわけです。一方で、昨今の進化生態学や進化生物学はさまざまな進化過程やその遺伝的基盤の記載をするようなケーススターディーを積み重ねているに過ぎなくなりつつあるという現実もあるように思います(もちろん、いまなお、そのような積み重ねの中で大きな発見が続いていますが)。

私は、進化生態学や進化生物学のある意味での停滞や閉塞感といえるようなものを打破すべく、主に「4つの視点」で研究を進めています。1つ目は、「生物が必ず最適値に向かって変化することや現時点でほぼ完全に適応が完了していることが暗黙に仮定」を切り崩すことです。すなわち、(アイデアとしては決して新しいものではありませんが)生物の適応は完璧ではないという考えに立脚し、「適応や多様化といった進化が制限される原因」を探ることです。2つ目は、適応進化や不完全な適応といった種(あるいは集団)レベルの現象が個体群動態や群集動態、生態系機能などのよりマクロな生命現象にどのようなインパクトを与えるかを考えることです。進化生物学は生物の人口学的動態をあまり考えず、一方で、生態学は生物の進化的変化を積極的には考慮しようとしなかった歴史があります。急速な表現型進化や多様性の進化に着目しながら、進化と人口学的動態をリンクさせ、進化生態学や進化生物学の新たな平地を切り開こうと考えています。3つ目は、技術革新とうまく付き合いながら新たな手法で生態学や進化学的な研究をしていくことです。ゲノム情報やトランスクリプトーム情報を活用した進化生物学的研究ははもちろん、ビッグデータを用いたマクロ生物学的な解析や機械学習(逆強化学習)などを駆使した行動解析、流体力学などの工学的手法を取り入れながら、今までにないアイデアや理論を提唱することを目指しています。4つ目は、進化生態学の産業・農畜産業や環境問題への応用です。進化生物学や生態学の基礎研究の成果を作物生産、食品生産に応用することで、昨今の食糧問題やエネルギー問題の解決に結びつけようと考えています。

このように、ゲノム解析やフィールドワーク、ビッグデータ解析などのさまざまな手法を駆使しながら、しかも、動物、植物、微生物など多くの生物を使うことで、自然界に潜む生態学的あるいは進化学的に重要なさまざまな原理や一般則を探求しています。

キーワード 遺伝的多様性、色彩多様性、行動多様性、個性、パーソナリティー、遺伝子流動、分布域、個体群動態、多様性の維持、多様性の機能、ゲノム解析、生態-進化フィードバック、個体間相互作用、環境適応、適応阻害、概潮汐リズム、都市化、逆強化学習、エピジェネティクス、遺伝する環境効果、季節適応、急速な進化、表現型可塑性、進化の方向性、キイロショウジョウバエ、野生のショウジョウバエ類、トンボ、ミールワーム、チリメンカワニナ、ビッグデータ

主な最近のテーマ

  • 種内多様性の生態的機能とそのメタ遺伝基盤
  • 遺伝子流動による適応進化の制限と分布限界の成立
  • 多様性の欠如による適応制限と分布限界の成立
  • 表現型変異の制約と表現型変異の階層間での連続性
  • 季節変動に対する迅速な進化
  • 新たな生物時計(概潮汐リズム)の獲得と生物の分布拡大
  • 都市化に伴った生物の急速な進化と環境ストレス
  • 逆強化学習を用いた動物の集団行動の解析
  • 酵母における種内変異と個体群動態

遺伝的多様性の生態的機能とそのメタ遺伝基盤

種内の多様性はあらゆる生物で普遍的に見られる現象であり、進化の源泉でもあります。多様性は集団内に存在する選択圧により積極的に維持される場合もあれば、突然変異や遺伝子流動と負の選択のバランスの結果としてある意味では消極的に保たれる場合もあります。私は、多様性の成立過程に着目しながら、多様性が直接的あるいは進化を通じて間接的に集団の人口学的動態に与える影響に興味をもって研究をしています。

具体的には、どのような形質、どのような表現型の種内多様性が、どのような環境で、どのような効果をもたらすか?ということ明らかにしようとしています。最近は、キイロショウジョウバエやオオショウジョウバエ、酵母、生態ビッグデータを用いて、研究を進めています。

一方で、いわゆるゲノムワイド関連解析(GWAS)は、塩基配列と個体レベルの形質との関係を解析するものであり、多様性に起因する個体群動態や群れ行動などの特性の遺伝基盤の解析はできません。とはいえ、これらの高次の生命特性にも遺伝的な背景があるはずです。私たちはショウジョウバエ類を対象に、集団構造を考慮した高次のオミクス解析を実施し、高次生命現象の遺伝基盤や表現型基盤を探ろうとしています。

自発性と発生ノイズによる行動変異とその生態的機能

生物の集団は、遺伝的変異に満ちています。一方で、たとえ遺伝的に均一であろうとも、個体によって行動や意思決定は多様です。そのような変異にはいくつかの原因がありますが、一つは、自発性です。すなわち、自分以外の個体が採った行動とは別の行動を採用しようとすることがあるからです。「みんなが右に行くなら、自分は左に行く」といったような天邪鬼的な行動がその一例です。また、もう一つ別の原因として、発生のゆらぎがあります。個体の発生は個体ごとにわずかに異なっているので、そのようなゆらぎが脳の発生に影響に影響すると、それによって「個性(individuality)」が生まれることがあるとされています。私たちは、キハダショウジョウバエやキイロショウジョウバエを用いて、遺伝的な行動変異や非遺伝的な行動変異が、群れ行動や個体群動態、小進化に対してどのような影響を与えるかを調べています。

遺伝子流動と適応進化の不完全性

突然変異や別の集団からの個体の流入などにより無理やり創りだされた多様性は、集団にとって遺伝的な重荷になる(平均適応度を低下させる)ことが多いと考えられます。集団中に非適応的な対立遺伝子の頻度が増加するためです。このような多様性は、集団の増殖や進化を妨げる可能性があります。一方で、たとえ突然変異や別の集団からの流入によって高められた多様性だとしても、それにより進化が促進されるならば、間接的に集団のパフォーマンスが高まることもあるかもしれません。私は、確率的な多様化・非多様化の観点から生物の分布限界(北限など)の成立メカニズムを検証しています。トンボ類やカワニナ類に着目し、気温や水環境の連続的変化に沿った生物の適応進化の検証や適応進化の制限メカニズムの検証をフィールドワークやゲノム解析、トランスクリプトーム解析、流体力学的解析を通じて行なっています。

概潮汐リズムの遺伝基盤の解明

生物は、自らが生息する環境に適応したさまざまな自律的変動周期リズムをもっています。潮間帯や汽水域では、12.4時間周期で水深や塩分が変動するため、このような環境に進出・定着した生物は概潮汐リズムという約12.4時間の活動リズムをもつことが知られています。しかし、概潮汐リズムという「12.4時間周期で時を刻むこと」の遺伝的基盤はまったくわかっていません。私たちは、チリメンカワニナにおいて汽水域の集団でのみ活動リズムに概潮汐リズムが存在することを発見しました。この現象に着目し、トランスクリプトーム解析や行動解析から概潮汐リズムの獲得の進化的機構を解明したいと思います。

都市化に伴った生物の迅速な適応と可塑的応答

近年、地球上の都市の面積は増加の一途をたどり、都市化による気温上昇(温害)や光環境の変化(光害)は、生物に多大なる影響を与えています。私たちは、都市に生息するショウジョウバエを用いて都市において生じた進化的な変化や可塑的な変化を検出することで、都市化という極めて急速に生じた環境変動が生物に与える影響を明らかにしようとしてます。具体的には、都市から郊外にかけてのさまざまな地点で採集した個体をもとに系統をたくさんつくり、それらを比較することで、都市-郊外勾配に沿った進化を検出しようとしています。また、温度や光、音のストレスを与えたときの影響を表現型レベルやヒストン修飾レベルで解明することで、都市化によるエピジェネティックな影響を明らかにしようとしています。材料は主に、オウトウショウジョウバエを使用しています。

表現型変異の制約と変異パターンの階層間での類似性

多くの形質は遺伝的、発生的に他の形質と密接な関わりをもっています。このような形質間の関係が進化の方向性や速度を制限し、結果的に適応的な進化を妨げたり、大進化(系統的多様化)の方向性を決定する要因になることがあります。私達は、ショウジョウバエ類に翅形態や遺伝子発現パターンに着目し、超多次元形質空間において、発生ゆらぎによる形質変異、表現型可塑性による形質変異、遺伝的多様性による表現型変異、集団間の遺伝的な表現型変異、種間の表現型変異を評価し、これらの類似性を検証しています。また、類似性が生まれる原因を実験的に検証しようとしています。これらの実験より、よりミクロなレベルで観察される表現型変異から、マクロな進化パターンを予測できるようになるかもしれません。

形質の季節間での迅速な進化

生物は変わりゆく季節、すなわち、選択圧のもとで生存しています。年に1化生の昆虫や、数年に渡って生存する生物ではあまり関係ありませんが、年に何度も世代を回す生物では、世代間で受ける選択圧が劇的に変化することになります。このような選択圧の季節変化は、形質の季節変化にどれほど影響を与えるかは十分にわかっていません。私たちは、ショウジョウバエ類を材料に集団内の遺伝的な形質変異やその変異の季節間での入れ替わりがどれほど起きているのかを検証することで、迅速な進化の検証を行なうとともに、集団内の変異が変動環境下でどのような機能を果たしているかを明らかにすることを目指して研究をしています。

逆強化学習を用いた生物の集団行動の解析

動物の人口学的(個体数の)動態についての研究は、生態学において長年行なわれ、今なお、地球規模の環境変動との関連などの観点から注目を集めています。動物の個体数の動態は、一般に、湿度や温度などの無機的環境との相互作用か、同種・異種他個体(生物的環境)との相互作用の強度によって強く影響されます。すなわち、個体の行動規範が正確にわかれば、ボトムアップ的に生物の個体群の動態(の一部が)理解できるかもしれません。とはいえ、生物学における動物の研究のほとんどは、人による直接的な観察で動物の行動を記載してきたため、行動や移動の背景にある複雑な意思決定の過程を正確に推定・評価することは不可能でした。一方で、近年、機械学習に関わる技術的革新により、動物の移動パターンを定量・分類することが可能になってきた。とくに、逆強化学習を用いた解析により、移動軌跡のデータから、その意思決定に関わる要因(報酬)の推定や行動の予測が可能になってきている。そこで、わたしたちは、逆強化学習を用いることで、生物の行動・移動に関わる意思決定は状況依存的(例えば密度により)どのように変化するのかを明らかにしようとしています。材料として、ミールワームやショウジョウバエを用いています。

トンボ類における翅形態の進化の幾何学的解析

トンボ類は現存する生物の中で最も古くから飛翔を行なっている生物の一つです。現存種だけでも世界で5000種以上が報告されており、さまざまな環境に進出し、さまざまな翅の形態を獲得しながら多様化しています。そのため、トンボ類の翅形態と生息環境や生態的特性との関係を調べれば、さまざまな飛翔特性を達成する翅形態が明らかになるかもしれません。もしかすると、工学的な応用にもつながるかもしれません(バイオミメティクス)。現在、千葉大学工学部の方々とも協力し、解析を進めています。


その他のテーマ(過去のものも含む)

遺伝的多様性の空間勾配

種内多型のある生物では、型の比率がどの集団でも一定であることは少ないです。型の比率が空間的になだらかに変化する場合、そのような空間変異をクラインと呼びます。型の比率のクラインは多くの生物種で認められるものの、その成立の機構を実証した例はごくわずかです。なぜなら、型の比率のクラインの成立を証明するためには、各集団に多様性を維持する選択圧(平衡選択)と空間的に方向性選択の強さが異なることの両方を示さなければならないためです。私は、アオモンイトトンボとニワゼキショウの色彩多型を用いて、型比のクラインの成立機構を検証しました。

遺伝的多様性の維持機構

色彩多型はさまざまな分類群で認められる現象です。色彩はさまざまな選択圧を受ける可能性のある形質なので、野外で観察される色彩多型の多くは何らかの平衡選択によって維持されていると考えられています。しかし、それを実証した例は多くありません。私は、イトトンボや外来種のニワゼキショウを用いて多様性の維持機構を研究してきました。現在は、ショウジョウバエの行動変異に関する維持機構についても研究しています。

種内多型と表現型統合とその遺伝的基盤(進行中)

ある形質が変化すると、別の形質の最適値に影響することがあります。また、複数の形質が組み合わさることで、最適な振る舞いをできるようになることも少なくありません。形質はそれぞれが独立に変化するのではなく、互いに影響し合いながら進化するのです。このような複数の形質の統合的な進化は、表現型統合と呼ばれます。また、表現型統合を引き起こすような選択圧を相関選択と呼びます。私は、主にアオモンイトトンボを用いて、表現型統合の存在やその適応的意義を調べてきました。

最近では、このように複雑な表現型統合を可能にする遺伝基盤の探索も行なっています。現在、トランスクリプトーム解析やゲノム解析をはじめとする分子生物学的手法を用いて、アオモンイトトンボとニワゼキショウの色彩多型に関わる遺伝子の探索を行なっています。このような解析を通じて、多型の進化の歴史や、上述の表現型統合の分子基盤を明らかにしたいと思っています。また、アオモンイトトンボにおいては、オス型雌(見た目がオスなのに雌の機能を持つ)が雌雄のモザイク的な形質を発現するための遺伝的基盤の解明に向けた解析をしています。アオモンイトトンボについては、高橋迪彦氏が中心となり解析を進めています。また、ゲノム編集を用いてキイロショウジョウバエの行動多型の原因遺伝子の推定とその多面発現効果の検証を行なっています。