Research interests

マクロな生命現象を理解する

生物のさまざまな適応現象は驚くほど見事なものです。それゆえ、ダーウィンが進化論を提唱して以降、生物の適応進化というプロセスは、生態学者や進化生物学者をつねに魅了してきました。疑う余地もなく、進化の原動力やプロセス、遺伝的基盤を明らかにすることは、生物進化の実態を解き明かすという点で生物学の発展に大きく貢献してきたわけです。一方で、昨今の進化生態学や進化生物学はさまざまな進化過程やその遺伝的メカニズムの記載をしたりケーススターディーを積み重ねているに過ぎなくなりつつあるという現実もあります(もちろん、いまなお、そのような積み重ねの中で大きな発見が続いています)。

私は、進化生態学や進化生物学のある意味では停滞や閉塞感といえるようなものを打破するべく、主に3つのアプローチで研究を進めています。1つ目は、「生物が必ず適応に向かって変化することや現時点でほぼ完全に適応が完了していることが暗黙に仮定」を切り崩すことです。すなわち、(アイデアとしては決して新しいものではありませんが)生物の適応は完璧ではないという考えに立脚し、「適応が制限される原因」を探ることです。2つ目は、適応進化や不完全な適応進化という種レベルの現象が個体群動態や群集動態、生態系機能といったよりマクロな生命現象にどのようなインパクトを与えるかを考えることです。進化生態学は生物の人口学的動態をあまり考えず、一方で、生態学は生物の進化的変化を積極的には考えようとしなかった歴史があるため、進化と人口学的動態をリンクさせて考えることは、進化生態学や進化生物学の新たな平地を切り拓くことにつながると考えています。3つ目は、技術革新とうまく付き合いながら新たな手法で生態学や進化学的な研究をしていくことです。ゲノム情報やトランスクリプトーム情報を活用した進化生物学的研究ははもちろん、ビッグデータを用いたマクロ生物学的な解析や機械学習(逆強化学習)などを駆使した行動解析、流体力学などの工学的手法を取り入れながら、今までにないアイデアや理論を提唱することを目指しています。

このように、ゲノム解析やフィールドワーク、ビッグデータ解析などのさまざまな手法を駆使しながら、しかも、動物、植物、微生物など多くの生物を使うことで、自然界に潜む生態学的あるいは進化学的に重要なさまざまな原理や一般則を探求しています。

以下で最近行なっている研究を紹介します。個別のテーマは、上に挙げた3つのアプローチで明確に分けられるものではなく、多かれ少なかれ、どのテーマにも3つのアプローチが関係してきています。

キーワード 遺伝的多様性、色彩多様性、行動多様性、個性、パーソナリティー、遺伝子流動、分布域、個体群動態、多様性の維持、多様性の機能、ゲノム解析、生態-進化フィードバック、個体間相互作用、環境適応、適応阻害、概潮汐リズム、都市化、逆強化学習、ゲノム編集、エピジェネティクス、遺伝する環境効果、季節適応、急速な進化、表現型可塑性、進化の方向性、キイロショウジョウバエ、野生のショウジョウバエ類、トンボ、ミールワーム、チリメンカワニナ、ビッグデータ

Evolutionary changes, which are caused by both selection and genetic drift, should affect population-level absolute fitness and thus can potentially alter the dynamics of populations. Natural selection, which favors individuals having higher relative fitness, is typically expected to increase the average absolute fitness and population productivity. On the other hand, in some situations, natural/sexual selection is suggested to decrease population productivity and increase extinction risk, which is exemplified by cases such as the tragedy of the commons, evolutionary suicide or extinction. Gene flow among populations with different environmental condition may also decrease population absolute fitness. I am interested in the evolutionary processes of traits and its side effects on demographic dynamics. Quantifying the role of evolutionary changes on overall population performance will increase our understanding of ecological dynamics including demography, range expansion, community dynamics, ecosystem function and extinction risk and elucidate how these processes in turn affect macroevolutionary dynamics.

最近のテーマ

  • 種内多様性(個性や多型)の進化機構
  • 種内多様性の個体群動態や多種共存への影響
  • 種内多様性のグローバルスケールの生態的波及効果
  • 遺伝子流動による適応進化の制限と分布限界の成立
  • 多様性の欠如による適応制限と分布限界の成立
  • 表現型可塑性により生じる形質間の共分散と進化の方向性
  • 種内の形質多様性と季節間での進化的振動
  • 花色多型の遺伝基盤の探索
  • 複数の表現型の統合に関わる遺伝基盤の探索
  • 性的対立とその進化的帰結
  • 雌雄のモザイク的な形質を維持するための遺伝基盤の探索
  • 生物時計(概潮汐リズム)の遺伝基盤
  • 都市化に伴った生物の急速な進化と可塑的応答
  • 逆強化学習(機械学習)を用いた動物の行動規範の推定
  • トンボ類の翅形態の進化の幾何学的解析

詳しくは、以下で解説します。

 

遺伝的多様性の進化の生態的・進化的機能

種内の多様性はあらゆる生物で普遍的に見られる現象であり、進化の源泉でもあります。多様性は集団内に存在する選択圧により積極的に維持される場合もあれば、突然変異や遺伝子流動と負の選択のバランスの結果としてある意味では消極的に保たれる場合もあります。私は、多様性の成立過程に着目しながら、多様性が直接的あるいは進化を通じて間接的に集団の人口学的動態に与える影響に興味をもって研究をしています。

少数派のタイプが得をする(多数派よりも適応度が高くなる)状況があるのなら、多様性が高いほど集団全体の平均的な適応度が高まると考えられます。実際、種内の多様性が選択圧により積極的に維持される場合に、集団の増殖率や安定性を高めるという理論的な予測があります。私は、様々な生物の色彩多型や行動の多型、資源利用形質の多型に注目し、その生態的帰結を調べています。最近は複数の量的形質やそれらの総体としての種内変異の機能を調べています。

  1. イトトンボにおける雌の色彩多型の進化と個体群動態の関係(Takahashi et al., 2014)【詳細
  2. ショウジョウバエにおける採餌行動多型と個体群の中長期的動態の関係(Takahashi et al., 2018)【詳細
  3. 外来植物ニワゼキショウにおける超優性選択による花色多型の進化の生態的帰結(研究中)
  4. オオショウジョウバエにおける多次元形質空間における量的形質の生態的機能の関係(研究中)
  5. 多型の有無をと種の分布パターンや絶滅リスクの関係(鳥類や両生爬虫類、昆虫などに関する生態ビッグデータを用いた系統種間比較)(Takahashi and Noriyuki, 2019 詳細、Hata et al., in prep.)

 

遺伝子流動と適応進化の不完全性

突然変異や別の集団からの個体の流入などにより無理やり創りだされた多様性は、集団にとって遺伝的な重荷になる(平均適応度を低下させる)ことが多いと考えられます。集団中に非適応的な対立遺伝子の頻度が増加するためです。このような多様性は、集団の増殖や進化を妨げる可能性があります。一方で、たとえ突然変異や別の集団からの流入によって高められた多様性だとしても、それにより進化が促進されるならば、間接的に集団のパフォーマンスが高まることもあるかもしれません。私は、確率的な多様化・非多様化の観点から生物の分布限界(北限など)の成立メカニズムを検証しています。トンボ類やカワニナ類に着目し、気温や水環境の連続的変化に沿った生物の適応進化の検証や適応進化の制限メカニズムの検証をフィールドワークやゲノム解析、トランスクリプトーム解析、流体力学的解析を通じて行なっています。

  1. チリメンカワニナにおける汽水への適応進化と移住荷重による適応制限・分布拡大の抑制(Tamagawa and Takahashi, in prep.)
  2. チリメンカワニナにおける流水に対する形態的、遺伝的適応に関する流体力学的解析(研究中)
  3. アオモンイトトンボにおける多様性の欠如による適応制限と分布限界の成立(Takahashi et al., 2016)

 

概潮汐リズムの遺伝基盤の解明

生物は、自らが生息する環境に適応したさまざまな自律的変動周期リズムをもっています。潮間帯や汽水域では、12.4時間周期で水深や塩分が変動するため、このような環境に進出・定着した生物は概潮汐リズムという約12.4時間の活動リズムをもつことが知られています。しかし、概潮汐リズムという「12.4時間周期で時を刻むこと」の遺伝的基盤はまったくわかっていません。私たちは、チリメンカワニナにおいて汽水域の集団でのみ活動リズムに概潮汐リズムが存在することを発見しました。この現象に着目し、トランスクリプトーム解析や行動解析から概潮汐リズムの獲得の進化的機構を解明したいと思います。

  1. チリメンカワニナにおける概潮汐リズムの平行進化と遺伝基盤の解明(研究中)

 

都市化に伴った生物の迅速な適応と可塑的応答

近年、地球上の都市の面積は増加の一途をたどり、都市化による気温上昇(温害)や光環境の変化(光害)は、生物に多大なる影響を与えています。本研究では、都市に生息するショウジョウバエを用いて都市において生じた進化的な変化や可塑的な変化を検出することで、都市化という極めて急速に生じた環境変動が生物に与える影響を明らかにしようとしてます。ゲノムが既知で、モデル生物のキイロショウジョウバエに近縁な種を用いつることで、今後、ゲノム解析やエピゲノム解析が可能になると考えています。すなわち、都市化という環境変化が遺伝子レベルにどのような影響を与えるかを検証したいと考えています。

  1. 都市と郊外のショウジョウバエ類の形質における遺伝分散と環境分散、遺伝性の環境分散の推定(研究中)

 

表現型可塑性による形質共分散と進化の方向性

進化の方向性はどのように決まるのでしょうか?もちろん、選択圧による影響を受けることは間違いありません。一方で、表現型を発現する遺伝的な基盤やそれに起因する形質間の共分散が進化の方向性を制限する可能性があります。つまり、遺伝的変異があることや形質が遺伝すること、形質によって適応度に変異が生じることなどの進化の条件が揃ったとしても、進化が実際に生じる場合と生じない場合があるということです。私は、環境の変化や違いに最も敏感に反応する表現型可塑性に着目し、表現型可塑性よって生じる形質間の共分散のベクトルと、実際に生じるあるいは、生じるであろう進化のベクトルがどのように対応するのかを野生のショウジョウバエを材料に検証しようとしてます。

 

形質の季節間での迅速な進化

生物は変わりゆく季節、すなわち、選択圧のもとで生存しています。年に1化生の昆虫や、数年に渡って生存する生物ではあまり関係ありませんが、年に何度も世代を回す生物では、世代間で受ける選択圧が劇的に変化することになります。このような選択圧の季節変化は、形質の季節変化にどれほど影響を与えるかは十分にわかっていません。私たちは、ショウジョウバエ類を材料に集団内の遺伝的な形質変異やその変異の季節間での入れ替わりがどれほど起きているのかを検証することで、迅速な進化の検証を行なうとともに、集団内の変異が変動環境下でどのような機能を果たしているかを明らかにすることを目指して研究をしています。

 

逆強化学習を用いた生物の行動予測と個体間相互作用の解析

動物の人口学的(個体数の)動態についての研究は、生態学において長年行なわれ、今なお、地球規模の環境変動との関連などの観点から注目を集めています。動物の個体数の動態は、一般に、湿度や温度などの無機的環境との相互作用か、同種・異種他個体(生物的環境)との相互作用の強度によって強く影響されます。すなわち、個体の行動規範が正確にわかれば、ボトムアップ的に生物の個体群の動態(の一部が)理解できるかもしれません。とはいえ、生物学における動物の研究のほとんどは、人による直接的な観察で動物の行動を記載してきたため、行動や移動の背景にある複雑な意思決定の過程を正確に推定・評価することは不可能でした。一方で、近年、機械学習に関わる技術的革新により、動物(特にヒト)の移動パターンを定量・分類することが可能になってきた。とくに、逆強化学習を用いた解析により、移動パターン(移動軌跡のデータと周囲の環境情報)から、その意思決定に関わる要因(報酬)の推定や行動の予測が可能になってきている。そこで、わたしたちは、逆強化学習を用いることで、生物の行動・移動に関わる意思決定は状況依存的(例えば密度により)どのように変化するのかを明らかにしようとしています。材料として、食肉に変わるタンパク源として期待されているミールワーム(ゴミムシダマシ)を使っています。

  1. ゴミムシダマシにおける行動規範の推定と内的報酬の条件依存性の推定(研究中)

 

トンボ類の翅形態の進化の幾何学的解析

トンボ類は現存する生物の中で最も古くから飛翔を行なっている生物の一つです。現存種だけでも世界で5000種以上が報告されており、さまざまな環境に進出し、さまざまな翅の形態を獲得しながら多様化しています。そのため、トンボ類の翅形態と生息環境や生態的特性との関係を調べれば、さまざまな飛翔特性を達成する翅形態が明らかになるかもしれません。もしかすると、工学的な応用にもつながるかもしれません(バイオミメティクス)。現在、千葉大学工学部の方々とも協力し、解析を進めています。

  1. 系統比較と形態幾何学的解析、流体力学的解析を組み合わせたトンボ類の翅形態の進化過程の解明(研究中)

 

遺伝的多様性の空間勾配

種内多型のある生物では、型の比率がどの集団でも一定であることは少ないです。型の比率が空間的になだらかに変化する場合、そのような空間変異をクラインと呼びます。型の比率のクラインは多くの生物種で認められるものの、その成立の機構を実証した例はごくわずかです。なぜなら、型の比率のクラインの成立を証明するためには、各集団に多様性を維持する選択圧(平衡選択)と空間的に方向性選択の強さが異なることの両方を示さなければならないためです。私は、アオモンイトトンボとニワゼキショウの色彩多型を用いて、型比のクラインの成立機構を検証しました。

  1. 繁殖干渉を介したニワゼキショウの花色多型における生息地内での空間勾配(Takahashi et al., 2016)
  2. アオモンイトトンボの色彩多型の地理的勾配(Takahashi et al., 2011; 2014)

 

遺伝的多様性の維持機構

色彩多型はさまざまな分類群で認められる現象です。色彩はさまざまな選択圧を受ける可能性のある形質なので、野外で観察される色彩多型の多くは何らかの平衡選択によって維持されていると考えられています。しかし、それを実証した例は多くありません。私は、イトトンボや外来種のニワゼキショウを用いて多様性の維持機構を研究してきました。現在は、ショウジョウバエの行動変異に関する維持機構についても研究しています。

  1. アオモンイトトンボの色彩多型の維持機構(Takahashi et al., 2010など)
  2. ニワゼキショウにおける超優性による花色多型の進化(Takahashi et al., 2015)
  3. キイロショウジョウバエにおける「おっとり型」と「せかせか型」の行動多様性の維持機構の解明(Tomoda et al. in prep.)

 

種内多型と表現型統合とその遺伝的基盤

ある形質が変化すると、別の形質の最適値に影響することがあります。また、複数の形質が組み合わさることで、最適な振る舞いをできるようになることも少なくありません。形質はそれぞれが独立に変化するのではなく、互いに影響し合いながら進化するのです。このような複数の形質の統合的な進化は、表現型統合と呼ばれます。また、表現型統合を引き起こすような選択圧を相関選択と呼びます。私は、主にアオモンイトトンボを用いて、表現型統合の存在やその適応的意義を調べてきました。

最近では、このように複雑な表現型統合を可能にする遺伝基盤の探索も行なっています。現在、トランスクリプトーム解析やゲノム解析をはじめとする分子生物学的手法を用いて、アオモンイトトンボとニワゼキショウの色彩多型に関わる遺伝子の探索を行なっています。このような解析を通じて、多型の進化の歴史や、上述の表現型統合の分子基盤を明らかにしたいと思っています。また、アオモンイトトンボにおいては、オス型雌(見た目がオスなのに雌の機能を持つ)が雌雄のモザイク的な形質を発現するための遺伝的基盤の解明に向けた解析をしています。アオモンイトトンボについては、東北大学の高橋迪彦氏が中心となり解析を進めています。また、ゲノム編集を用いてキイロショウジョウバエの行動多型の原因遺伝子の推定とその多面発現効果の検証を行なっています。

  1. アオモンイトトンボにおける体色と繁殖形質の統合(Takahashi & Watanabe, 2010など)
  2. アオモンイトトンボにおける体色と産卵行動の統合(Takahashi & Kawata, 2013)
  3. ニワゼキショウにおける色彩型間での網羅的遺伝子発現比較(研究中)
  4. アオモンイトトンボにおける色彩を制御する遺伝基盤の探索(Michihiko Takahashi et al., 2018)
  5. ゲノム編集を用いたキイロショウジョウバエにおける表現形統合とパーソナリティーの遺伝基盤の解明